maktub

ume's wanderlust diary

自分と他人と私と

知らないで判断してることって

この世の中でどれくらいあるんだろう。

首まで浸かって初めて

見えて来る世界っていうのがあって。

でもそれを人に説明して

理解してもらうのはこんなにも難しい。

 

結局のところ人は人で

個人の感情や感じたことなんて

他人には計り知れるものであるはずもなく

想像の域を出ないものであって。

 

ただ。

「信じてない」と断言して来る相手に対し

本当の自分をさらけ出せるはずもなく、

さらけ出したところで

相手は見たいものしか見ないわけで

結局のところ相手の思う「私」でしかありえなくて

でもその「私」はとっくの昔に

「私」なんかじゃなくなってて。

 

「あなたらしくいて」と言われるけれど

「私らしさ」って何なのだろうか。

それはあなたの望む「私」であって

本当の今現在の「私」なんかじゃなくて。

 

だって。

どんなに頑張ったって

人は自分じゃない存在になんてなれないし。

例えば人の真似を頑張ってしていたとして

そうやって人の真似をする自分が

また「自分らしさ」であるのであって。

 

なんてことを言ったところで

伝わるわけもなく。

だって人は見たいものしか見ない。

 

だったら、もういいや。

自分らしく、あなたらしく。

 

人を理解してるなんて

そんなこと思わない方がいい。

自分でさえも自分自身を

理解しきれてない中で、

どうして他人を完全に

理解することなんてできるのか。

 

それは、ただのおごり。

おごりは自分の期待値を高め

それだけ期待に反した結果がでたときの

裏切られたような気持ちが強くなる。

 

自分に対する戒め。